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札幌高等裁判所 昭和49年(ネ)65号 判決 1976年8月23日

控訴人

川崎玉雄

被控訴人

三上与四郎

右訴訟代理人

岸田昌洋

外二名

主文

一  原判決主文第一項を、左のとおり変更する。

(一)  控訴人は、被控訴人に対し、金五三万二〇二四円及びこれに対する昭和四八年二月一三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  被控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じ、これを五分し、その一を被控訴人、その余を控訴人の各負担とする。

事実

第一  当事者双方の求めた裁判

一、控訴人

「原判決中、控訴人の敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決。

二、被控訴人

「本件控訴を棄却する。控訴費用は、控訴人の負担とする。」との判決。

第二  当事者双方の主張

一、被控訴人の請求原因

(一)  被控訴人は、昭和四六年四月二〇日控訴人との間に、被控訴人が控訴人から千歳市真町四丁目八三九番地所在の二戸建一棟の建物のうち、控訴人所有の一戸の増改築工事を代金一八〇万円で請負う旨の契約を締結した(以下、右契約を「本件請負契約」、右増改築工事を「本件工事」、本件工事前の右二戸建一棟の建物のうち控訴人所有の一戸を「本件旧建物」とそれぞれ呼称する)。

(二)  その後、控訴人と被控訴人間で昭和四六年五月中旬頃本件工事について、玄関入口の木製扉をアルミサツシ製の戸にする、台所の流しの窓の木製の戸をアルミサツシ戸にする旨の仕様変更の合意をした。

而してその頃右仕様変更に伴う代金増加額を、五万七〇〇〇円と合意したので、結局右追加工事を含めての本件工事の請負代金は一八五万七〇〇〇円となつた。

(三)  被控訴人は、昭和四六年八月五日本件工事を終え、完成した建物(床面積87.60平方メートル即ち26.5坪、以下これを「本件建物」という)を控訴人に引渡した。

(四)  被控訴人は、控訴人から昭和四六年八月一五日まで本件請負代金の内金一二〇万円の弁済を受けたが、右同日頃控訴人は、被控訴人に対し残代金六五万七〇〇〇円を同年九月五日までに支払う旨約した。

よつて、被控訴人は、控訴人に対し、右請負代金の残金六五万七〇〇〇円及びこれに対する前示の本件建物引渡の日の後である昭和四六年九月六日から右完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する控訴人の認否

被控訴人主張の請求原因(一)、(二)の前段、(三)及び(四)の各事実は認めるが、同(二)後段の事実は否認する。被控訴人主張の本件工事仕様変更に伴う代金増加額は四万四五〇〇円である。従つて本件工事請負代金は、これを含めて一八四万四五〇〇円である。

三、控訴人の抗弁

(一)  本件工事には、左記1ないし7記載のとおりの瑕疵がある。これら瑕疵に因つて控訴人はそれぞれ左記1ないし7記載のとおりの金額の損害を被つた。その合計金額は、六五万五四二五円である。

よつて控訴人は、被控訴人に対して右同金額の損害賠償債権を取得したものである。

1 本件工事は、被控訴人作成の見積書(甲第一号証)に記載のとおりになす約束であり、本件工事に要する木材はすべて新材を使用することになつていた。而して前記見積書によれば、本件工事では柱として単価一三〇〇円の所定寸法の木材二五本、その価格合計三万二五〇〇円相当のものが使用されることになつていた。しかるに本件工事で実際に、柱として新材が使用されたのは二四本に過ぎず、而もそれは昭和四六年六月当時の単価が所定寸法のもので一〇四四円しかしないものであつた。なお、柱のうちの残り一本については古材が使用された。

また、前記見積書によれば、本件建物の土台、大引、桁には単価一〇〇〇円の所定寸法の木材を三〇本、母屋、束にも単価一〇〇〇円の所定寸法の木材を二五本、計五五本、その価格合計五万五〇〇〇円相当のものが使用されることになつていた。しかるに本件工事で実際に土台、大引、桁、母屋、束として新材が使用されたのは四三本に過ぎず、而もそれは、昭和四六年六月当時の単価が所定寸法のもので七七五円しかしないものであつた。なお、土台、大引、桁、母屋、束のうち残り一二本については古材が使用された。

以上のとおり、本件工事には、柱、大引、桁、母屋及び束につき約定どおりの数量の新材が使用されず、而も約定どおりの価格の新材が使用されていないという瑕疵があるが、右瑕疵に因る損害は、二万八四五〇円である。

2(1) 梁の上に立てられ、建物の重要部分である棟を支える束には上下に柄を施し、これを梁や棟木の柄穴に差し込んで固定させるべきものであるが、本件工事に使用された、本件建物の棟を支える束四四本のうち、四一本には柄が全く施されておらず、鎹をもつて梁や棟につなぎとめているだけである。かような被控訴人の手抜工事により、本件建物は地震の場合には右鎹にゆるみを生じ、ひいては建物自体が損壊する危険性すらあることは極めて明らかである。

(2) 本件建物の西側にある四・五畳及び六畳間の上部に架せられた三本の梁がいずれも僅か五分の切込みのみでつぎ合わされ、しかもその部分を支える柱は一本もない。従つて、右構造上本件建物自体極めて不安定な状態に置かれている。

(3) 本件工事における右(1)、(2)の瑕疵を補修して、本件建物を安全な建物にするには本件建物の構造上、必然的に屋根の板金の張替え、垂木の補給等をしなければならず、その費用として現在では左記のとおりのものを要し、その合計金額は四三万七、八四五円になる。従つて右瑕疵に因る損害は四三万七、八四五円というべきである。

イ 屋根板金 張替 34.3坪

(単価五、五〇〇円)一八万八、六五〇円

ロ 母屋 古材取替 七本

(単価一、四二八円) 九、九九六円

ハ 梁    取替 一本

(単価二、六一八円) 二、六一八円

ニ 束    補給 二本

(単価一、四二八円) 二、八五六円

ホ 垂木 補給 四〇本

(単価五一四円) 二万〇、五六〇円

ヘ スレート板 補給 一二枚

(単価一、二二〇円) 一万四、六四〇円

ト 鼻かくし 補給 九枚

(単価八〇二円) 七、二一八円

チ 野地板 補給 13.75坪

(単価一、八九八円) 二万六、〇〇〇円

リ 釘    補給一五キログラム

(単価二二〇円) 三、三〇〇円

ヌ 廃材運搬費 七、四〇〇円

ル 大工費 二〇人分 一二万円

ヲ 人夫費 一〇人分三万五、〇〇〇円

3 前記見積書によれば、本件建物には大窓四個、単価八、〇〇〇円として計三万二、〇〇〇円のもの、小窓二個、単価六、〇〇〇円として計一万二、〇〇〇円のものを取付けることになつているにも拘らず、本件工事において実際には大窓及び小窓がいずれも三個づゝ設けられたに過ぎない。従つて、右見積書どおり補修するためには、小窓一個を取り毀し、これを大窓に取替えなければならないのであるが、その、取り毀わし費用として七、〇〇〇円を要するほか小窓と大窓の右単価の差額である二、〇〇〇円の出費を余儀なくされる。従つて右瑕疵に因る損害は九、〇〇〇円である。

4 前記見積書によれば、本件建物の外部メタルラスモルタル仕上げ一式として、その塗装面積は四〇坪、坪当り単価一、五〇〇円の割で計六万円が計上されている。しかるに、実際には被控訴人は23.38坪について塗装したに過ぎない。従つて残余の16.62坪の部分について補修のため塗装をするには右単価により計算すれば二万四、九三〇円の費用を要する。従つて右瑕疵に因る損害は二万四、九三〇円である。

5 前記見積書によれば、本件建物の土間コンクリート工事につき、その施工面積は5.5坪、坪当り単価四、〇〇〇円の割で計二万二、〇〇〇円が計上されている。しかるに実際には被控訴人は3.90坪について施工したに過ぎない。従つて残余の1.60坪の部分について補修のため施工するには現在のところ坪当り単価は六、〇〇〇円を要するので、右単価により計算すれば二万三、四〇〇円の費用を要する。従つて右瑕疵に因る損害は二万三、四〇〇円である。

6 本件建物の外壁モルタル塗に昭和四六年一二月頃から亀裂が生じ始め、これが漸次増大して現在では四二個所に及び、その結果本件建物の耐久年数はおよそ半減する程に至つている。そして、これは右モルタル塗の不完全なことに因るものである。右亀裂を補修するために塗り替えなければならない外壁の面積は23.36坪になり、その費用としては坪当り五、〇〇〇円の計算で合計一一万六、八〇〇円を要する。従つて右瑕疵に因る損害は一一万六、八〇〇円である。

7 前記見積書によれば、本件建物には「ベランダぬき」と明記されているにも拘らず、被控訴人に無断で茶の間南側にベランダを取り付け、その結果控訴人は主体性を侵害されている。従つて、右ベランダを自ら撤去しなければならないところ、そのためには、取り毀わし及び廃材運搬費用としてトラツク一台の使用料五、〇〇〇円、人夫三人分として日当一万円を要する。従つて右瑕疵に因る損害は、一万五、〇〇〇円である。

(二)  前記見積書によれば被控訴人は経費として三万八、九〇〇円を計上しているけれども、右経費なるものの使途は不明である。

よつて、控訴人は被控訴人に対し、右金三万八、九〇〇円の損害賠償債権を有する。

(三)  被控訴人は、本件工事終了に伴いその後片付をすべきであるのに、これを怠り本件建物の玄関前方の道路脇にコンクリート固まり五〇キログラム程度のもの四個をそのまゝ放置し、控訴人の本件建物の利用に支障を与えている。このため控訴人は自らその後片付をしなければならず、そのためには一、五〇〇円の費用を必要とする。

よつて控訴人は、被控訴人に対し右金一、五〇〇円の損害賠償債権を有する。

(四)  被控訴人は本件工事中に控訴人が制止したにも拘らず、控訴人の所有にかゝる古材一万一、五四六円相当分を持ち去つて領得したので、控訴人は右同額の損害を被つた。

よつて控訴人は、被控訴人に対し金一万一、五四六円の損害賠償債権を有する。

(五)  控訴人は被控訴人の依頼により前記工事を手伝つた際、被控訴人の過失により負傷し、治療費として四、九七六円の支出を余儀なくされ、同額の損害を被つた。

よつて控訴人は被控訴人に対して右金四、九七六円の損害賠償債権を有する。

(六)  控訴人は、原審における昭和四八年二月一二日午後一時の本件口頭弁論期日に、被控訴人に対して、本件工事の瑕疵に因る金三九万二、六一四円の損害賠償債権及び前記(五)の不法行為に因る損害賠償債権をもつて、被控訴人の控訴人に対する本件請負残代金債権を対当額で相殺する旨の意思表示をし、また原審における昭和四八年九月六日午後一時の本件口頭弁論期日に被控訴人に対し前記(四)の不法行為に因る損害賠償債権をもつて被控訴人の本件請負残代金債権を対当額で相殺する旨の意思表示をしたが、当審における昭和五〇年一〇月一日午後一時の本件口頭弁論期日において、右の相殺の意思表示をすべて撤回すると述べたうえ、改めて被控訴人に対して前記(一)ないし(五)の各損害賠償債権をもつて、被控訴人に対する本件請負残代金債権を対当額で相殺する旨の意思表示をした。

四、抗弁に対する被控訴人の認否

(一)  抗弁(一)の冒頭記載の事実は否認する。

同(一)の1の事実中、被控訴人が本件工事のための見積書(甲第一号証)を作成したこと及び本件工事において大引等数本、母屋七本につき古材を使用したことは認めるが、その余の事実はすべて否認する。

本件工事は、被控訴人主張の二戸建一棟の建物のうち、控訴人所有の一戸の大半を解体したうえ、これを増改築するものであつたが、本件工事請負契約については、被控訴人と控訴人との間に、右契約締結の当初から、従前の本件建物を解体して出た古材のうち、増改築に使用できるものは使用してよい旨の合意があつたものである。控訴人は、本件工事期間中本件工事現場の傍に仮住いして、本件工事の全経過は見ていたし、時には工事を手伝うことさえした。従つて本件工事に使用される資材がどのようなものであるか、どのような工法で実施されるかは十分了知していたものである。控訴人は、被控訴人が本件工事で大引や母屋等について古材を使用したことは、右使用の当時よく知つていたものであり、而もこれについて控訴人はなんら異議を述べなかつたものである。このことは、前記合意のあつたことの証左であるが、仮りに然らずとしても、控訴人はこれによつて、右古材使用につき被控訴人に黙示の承諾を与えたものというべきである。もつとも、控訴人主張の、前記見積書記載の木材の見積りは、古材使用のことを考慮せずに、本件工事をなすに要する新材の数量と金額を算出したものである。しかし、右に述べたように、本件契約当初から古材を使用出来るとの合意があつたため、その他の費目、例えば解体工事費、風呂釜取付費、石油ストーブの油管配管工事費等については、その単価を安く見積り、また或る工事費目については全然見積りをせずに工事したものであつて、前記見積書の記載内容のみによつて本件請負契約内容が決定されたものではない。

同(一)の2の(1)の事実のうち、本件建物の棟を支える束の一部に柄を施しておらず、その代りに鎹で補つていることは認めるが、その余の事実はすべて否認する。

古材丸太の梁や棟木に柄穴を施すことは困難であるし、また、鎹等で補強する方が却つて合理的である。

同(一)の2の(2)の事実は否認する。

控訴人主張の箇所は鎹により、梁とこれを支える柱とをつないで補強してあるので控訴人主張のような不安定な状態は存在しない。

同(一)の2の(3)の事実はすべて否認する。

同(一)の3の事実のうち本件建物に大窓及び小窓が各三個づつ取り付けられたことは認めるが、その余はすべて否認する。

同(一)の4の事実は否認する。

前記見積書に記載の「外部メタルラスモルタル仕上一式」にいう「外部」とは本件建物の外壁という趣旨ではなく、マントルピースその他の建物内部でモルタル塗装がなされる部分をも含む趣旨のものである。

同(一)の5の事実は否認する。

同(一)の6の事実のうち、本件建物の外壁に亀裂が生じたことは認めるが、その余の事実はすべて否認する。

右亀裂はモルタル塗による壁に通常生ずる程度のものに過ぎない。

同(一)の7の事実のうち、本件建物に控訴人主張のとおりベランダが取付けられていることは認めるがその余の事実は否認する。

(二)  抗弁(二)の事実中、前記見積書に経費として三万八、九〇〇円と計上してあることは認めるがその余は否認する。

右経費とは事務経費その他の雑費を指すものであつて、本件工事程度の規模の工事においては材料費や施工費以外に間接的な諸経費を要することは当然である。

(三)  抗弁(三)の事実はすべて否認する。

(四)  抗弁(四)の事実もすべて否認する。

(五)  抗弁(五)の事実は認める。

五、被控訴人の再抗弁

(一)  抗弁(一)の3について

被控訴人は、本件工事施工の段階に至つて、控訴人から、本件建物には大窓及び小窓三個宛取付けてくれとの申入があつたので、右申入のとおりに窓を取付けたのである。

(二)  抗弁(一)の7について

控訴人主張のベランダの取付け後、被控訴人と控訴人との間に、被控訴人は控訴人に対してベランダ取付費用を請求しない、控訴人は被控訴人にベランダの撤去を要求しない旨の了解が成立したものである。

六、再抗弁に対する控訴人の認否

再抗弁事実は、すべて否認する。

第三  証拠関係<省略>

理由

第一被控訴人主張の請求原因(一)(本件請負契約の締結)及び同(二)の前段(仕様変更の合意)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。<証拠>によれば、被控訴人主張の仕様変更による代金増加額は被控訴人主張のとおり五万七〇〇〇円とされたことが認められる。<証拠>中、右認定に牴触する部分は措信しがたく、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。従つて本件工事の請負代金は右追加工事代金を含めると、一八五万七〇〇〇円であつたことになる。

而して請求原因(三)(本件建物の完成と引渡)及び同(四)(本件請負代金内金一二〇万円の弁済受領と残代金六五万七〇〇〇円を昭和四六年九月五日までに支払う旨の約束)の各事実も当事者間に争いがない。

第二そこで、控訴人主張の抗弁について順次判断する。

一抗弁(一)について

(一)  抗弁(一)の1について

1 成立に争いのない甲第一号証即ち被控訴人作成の本件工事見積書には、本件工事に要する柱、土台、大引、桁、母屋及び束として用いる木材につき、控訴人主張のとおりの単価の、その主張のとおりの本数のものが、見積りとして記載されていることが認められ、右木材についての見積り記載が本件工事を新材だけを使用して行なうものとした場合の見積記載であることは、被控訴人の認めるところである。他方、<証拠>によれば、被控訴人は本件工事において、柱、土台、大引、桁、母屋及び束として、控訴人主張の本数の新材を使用したのみで、他は本件旧建物を構成していたものはそのまま利用したり(柱、なお、梁についても同様)、古材を使用したり(土台、大引、桁、母屋、束、なお梁についても同様)したこと(右事実のうち被控訴人が本件工事において大引等数本、母屋七本につき古材を使用したことは、被控訴人の認めるとこである)が認められる。これによれば、本件工事に要する柱、土台、大引、桁、母屋及び束用の木材については、前記見積書記載のとおりにすべて新材を使用する約定があつたに拘らず、被控訴人は右契約に反して新材を前記見積書記載どおりに使用せず、その代わりに前示のとおり古材を利用し、使用したのではないかと一応疑われるところである。

しかしながら、<証拠>によれば、本件工事は一棟二戸建の建物のうち控訴人所有の東側の一戸につき、その大半を解体したうえ他の一戸と一体化したまま増改築を施したものであること、本件建物は旧海軍の兵舎として建築されたものであつて、建築後およそ三〇年以上経過した古い建物ではあつたが、土台は依然として堅固であり、これに使用されている木材は、すべて頑丈なものであつたこと、本件工事は所要の木材のすべてに新材を用いて施工すれば、工事総費用がゆうに二〇〇万円を越えるものであつたが、控訴人は本件契約の締結にあたり、被控訴人に対して工事費用を出来るだけ切り詰めて欲しい旨強く要望したこと、本件請負契約の締結には控訴人と被控訴人との間の本件請負契約の仲介者であつた控訴人の娘の夫の訴外後藤巌が立会つたが、被控訴人は右後藤からそれまでに他にもいくつかの建築請負工事を仲介してもらい恩義を感じていたこともあつたので、本件契約締結後の際、右後藤と話し合つて、本件旧建物の解体によつて生ずる古材のうち使用可能なものはできるだけ使用して本件工事をすることにすると共に控訴人の右要望に出来るだけ添うようにすることにし、傍で、右話し合いを聞いていた控訴人も右古材使用のことについてなんら異存を述べなかつたこと、それで、被控訴人は、本件工事においては本件旧建物の柱、梁等の一部を利用し、本件旧建物の解体によつて生ずる古材で使用できるものは使用するという前提のもとに、右古材使用によつて節約できる経費はほぼ一〇万円余とふんで、総工費即ち本件請負代金を一八〇万円として本件工事を請負つたものであつて右工事代金は割安なものであつたこと、しかし被控訴人は、前記見積書作成の時点において古材、新材の各使用予定数量を正確には算出していなかつたので、前記見積書における木材費の見積りについては、便宜、前判示のとおりに記載したものであり、その見返りとして通常ならば総工事費の一〇パーセント程度は計上されるべきいわゆる経費(これには、利潤も含まれる)としては僅かに金三万八九〇〇円(総工事費一八〇万円の二パーセント余)計上するに止めて、総工事費の見積額を一八〇万円に押え、なお控訴人の要望により実際上は施工することにしたガス、水道工事及び瞬間湯沸器の設置工事については、前記見積書の中にその見積り記載をしなかつたこと、以上の事実が認められる。<証拠>中、右認定に牴触する部分は措信し難く、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

前段認定の事実によれば、前示見積書に、本件工事に要する木材のうち柱、土台、大引、桁、母屋、束について控訴人主張のとおりの本数のものが見積りとして記載されており、且つ、これがすべて新材としての見積りであつたとしても、これによつて直ちに本件工事に要する柱、土台、大引、桁、母屋、束につき右見積書記載のとおりにすべて新材を使する約定があつたものと断ずることはできず、寧ろ、本件請負契約締結の当初に、本件工事に要する柱、土台、大引、桁、母屋、束等については、本件旧建物を構成していたものをそのまま利用したり或いは右建物の解体によつて生じる古材で使用できるものは使用してよい旨の合意が控訴人と被控訴人との間に少くとも黙示的には成立したものと認めるのが相当である。

<証拠>によれば、控訴人は、本件工事が行われていた全期間にわたり、本件工事現場のすぐ傍の仮小屋に居住し、工事中は工場現場に赴き、終始本件工事の進行状態をつぶさに見ていたうえ、人手不足の際には進んで工事の手伝すらしていたことが認められ、従つて被控訴人が本件工事に前叙のように古材を利用し使用するのを充分に認識していたものと認められるのであるが、被控訴人が本件工事に前示のとおり古材を利用したり使用したりすることについて控訴人が本件工事進行中に被控訴人に異議を述べた形跡は証拠上全く窺われない。このことは、弁論の全趣旨からみて控訴人が、些末なことにも決して容赦しない性質の持主と認められることをも勘案すれば、本件請負契約締結の当初に、控訴人と被控訴人との間に前示のような合意が成立したことを端的に物語るものと認めざるを得ない。

なお、被控訴人が本件工事において柱、土台、大引、桁、母屋、及び束等の一部につき、本件旧建物を構成していたものをそのまま利用したり、右建物の解体によつて生じた古材を使用したりしたことは、前判示のとおりであるが、被控訴人が、強度や耐久性の点で問題があつて本件工事に使用してはならないよう古材を利用し、使用したと認むべき証拠はない。

2 被控訴人が本件工事において、柱、土台、大引、桁、母屋、及び束として使用した新材の昭和四六年六月当時の時価(単価)が前記見積書に記載されているところと異つて、控訴人主張のとおりであつたと認むべき証拠はない。

3 以上のとおりであるから、被控訴人が本件工事において柱、土台、大引、桁、母屋、束に、前記見積書記載のとおりに新材を使用すべき約定に反して新材を使用しなかつたことを前提として本件工事に瑕疵ありとする控訴人抗弁(一)の1の主張は、失当であつて採ることができない。

(二)  抗弁(一)の2について

1 <証拠>によれば、本件建物の梁の上に立てられて棟や母屋を支える束四四本のうち、上下とも柄を施していないものが二七本、上部のみに柄を施していないものが一二本、下部のみに柄を施していないものが二本、合計四一本あること(柄を施していない束が若干あることは被控訴人の認めるところである)が認められ、他に右認定に反する証拠はない。

ところで通常の住宅用木造建築において梁の上に立てられて棟や母屋を支える束はそれによつて屋根を支え、これを安定させるものであるから住宅用建物としての一定の安全性と耐久性を確保する必要上、その建築工事においては、前記のような束には原則としてその上下に柄を施さなければならないものというべきである。

<証拠>によれば、被控訴人が本件工事において利用し、使用した本件旧建物の梁には丸太材のものがあり、かかる丸太材の梁の上に立てる束に柄をつけることは、右丸太材の梁に柄穴を作ることが不可能ではないまでも、手間がかかる関係上困難であつたことが窺われる。しかしこのことを考慮に入れても、<証拠>によれば、本件工事において柄を施さなかつた前判示の束のうち、相当数のものは柄を施すことが可能であつたと認められる。

右のとおりであるから、本件建物の梁の上に立てられた束のうち前判示のように多数のものに柄を全く施さなかつたことないしは充分に施さなかつたことは、その一部のものについては止むを得なかつたと認められるとしても、全体的に見て本件工事の瑕疵と認めざるを得ない。

<証拠>には、前記束に柄を施さないことを本件工事中に控訴人が了承したかのような供述がある。成る程控訴人が本件工事の全期間にわたり、その工事現場の傍で仮住いするとともに、工事中は工事現場に赴き、終始工事の進捗状況を目の当たりに見ていたうえ、人手不足の際には進んで工事の手伝いすらしていたことは、前に述べたとおりであるが、棟や母屋を支える束に柄を施しているか否かということは、建物の屋根裏にあたる部分の工作の仕様の問題であるから、控訴人が前述のように本件工事現場に終始工事状況を見に行つていたとしても直ちに束に柄を施さないで施工されていることを控訴人が現認していたものとは認め難い。現に、<証拠>によれば、控訴人は本件建物の棟上げ直後に天井裏となる部分に上つて見たときに、前記の束に柄が施されていないものが多数あることを初めて発見し、その際直ちに被控訴人にその点を改修するよう申入れたことが認められるのである。それゆえ、前記束に柄が施されていないことを本件工事中に控訴人が了承した旨の前示の<証拠>は措信できない。また、<証拠>中には、本件工事が完了した頃、控訴人は被控訴人から、本件工事につき、「わるいところはもうないか」と言われたときに「もうない」と答えた旨の供述があるが、控訴人が仮にこのように答えたとしても、それは既に被控訴人に訴え出た瑕疵のほかはないとの趣旨であつたと解する余地もあるから、それによつて直ちに控訴人が前示束に柄のないことの瑕疵を不問にすることにしたものとは即断できない。また本件請負契約における当初の請負代金一八〇万円が割安なものであつたことは、前述のとおりであるが右請負代金額が被控訴人にとつて赤字になる程に割安なものであつたと認むべき証拠はなく、この点からしても、前判示のように束に柄をつけないという手抜が止むを得なかつたものと認めることはできない。

しかしながら、<証拠>によれば前示の柄のない束については、すべて鎹をもつて梁や棟木、母屋と固定してあり、鎹を施してある束と相まつて、本件建物の棟と母屋を支え、更に屋根を支えていること、本件建物の屋根は長尺カラートタンであつて軽い屋根であることが認められる。なお被控訴人は本件工事の場合は前記束に柄を施すよりも鎹で固定する方が工法として合理的であると主張するがこれを認めるに足りる証拠はない。

しかして前示<証拠>と控訴人が被控訴人から本件建物の引渡を受けたとき以降、被控訴人に対して一度も前記瑕疵の修補を求めた形跡が証拠上認められないことからすれば、前示の柄のない束について右のように鎹で補強したことにより、本件建物は通常の住居用木造建物としての安全性、耐久性に欠けることはさしてないものと認められる。

2 <証拠>によれば、本件建物の西側部分に在る六畳間と4.5畳間の境の上部に架せられた梁(新材、以下甲梁という)には、右六畳間及び4.5畳間の上部にそれぞれ南北方向に架せられた梁(いずれも新材、以下、それぞれ乙梁、丙梁という)が一本宛架けられており、右の六畳間と4.5畳間の境の上部に架せられた右甲梁の東端は、右境の東端の上部において、右六畳間及び4.5畳間の各東側端の上部に南北方向に架せられた梁(古材、以下、丁梁という)に僅かに深さ約1.5センチメートル(約五分)位の切込みを作つた箇所に嵌め込まれたうえ、四本の鎹によつて右丁梁との間を固定されており、右固定点の直下にも、その近くにも右丁梁や甲梁の支えとなるような柱は一つも設けられていないことが認められる。右認定の妨げになる証拠はない。

右認定の事実によれば、前示の甲梁と丁梁との固定点は前記甲、乙、丙の三つの梁による荷重が全部かかるようになつている箇所であつて、本件建物の構造上重要な部分の一つと認められるから、地震等によつて本件建物がゆれて前記嵌め込み部分がはずれることがないようにするため、或いは万一右の部分がはずれても、甲、乙、丙の梁が落下しないようにするため、たとえ前記丁梁との間に鎹を打つにしても、前記丁梁にもつと深い切込みを作つて前記甲梁の端の嵌め込みを深くするか或いは右固定点の直下に柱を設けて前記丁梁と甲梁は下から支えるような工作をしておくべきであつたといわなければならない。

<証拠>中には前記丁梁は古材なのでこれには前認定の切り込み以上の切り込を作ることはできなかつた旨の供述があるが、前示乙第一号証の六によれば、右供述はにわかに措信し難いものがあり、仮に右供述のとおりとするならば、前叙のとおり前記丁梁と甲梁とを前記固定点で下から支える柱を設けるべきであつたといわなければならない。また、被控訴人は右本人尋問において、前記丁梁の切り込みが足りなくても鎹で補強しているから特に不安定とは言えないかの如く供述するが、右供述には多分に曖昧な節があつて当裁判所の心証を充分に惹かない。

以上のとおりなので前記丁梁と甲梁との結合部が前示のように工作されていることは、本件建物の住宅用建物として通常有すべき安全性につき問題を残すものといわざるを得ず、この意味において本件工事には瑕疵がありといわざるを得ない。

なお、<証拠>中には、本件工事が完了した頃、控訴人は被控訴人から本件工事につき「わるいところはもうないか」と言われたときに「もうない」と答えた旨の供述があることは前示のとおりであるが、<証拠>によれば、控訴人は本件建物の棟上げの直後に天井裏となる部分に上つて見たときに、前述のとおり梁の上の束に柄のないものがあることを発見したほかに、前記甲梁の切り込みが浅すぎて不充分であることに気付き、これについても、その際直ちに被控訴人に改修するよう申入れたことが窺われるので、本件工事完成の頃控訴人が被控訴人に対してたとえ前示のとおり述べたとしても、それには前記甲梁と丁梁の結合方法の不備を不問にする趣旨まで含んでいたものとは即断できない。

3 本件工事に前記1及び2で判示のような瑕疵が存する以上、控訴人が被控訴人に対し、右瑕疵の修補に代えてそれに因つて被る損害の賠償を請求しうることは、明らかである。よつて右瑕疵に因つて控訴人の被つた損害の額について考察する。

先ず、控訴人は被控訴人から本件工事の完成後、本件建物の引渡を受けたとき以降、被控訴人に対して前示1及び2の瑕疵の修補請求を求めたことが全くないことは弁論の全趣旨によつて明白であるし、また控訴人が本件建物の引渡を受けたとき既に右瑕疵の存在を知つていたことは、前判示したところによつて明瞭であるから、右瑕疵によつて控訴人の被つた損害の算定基準時は、控訴人が被控訴人から本件建物の引渡を受けたときと解するを相当とする。控訴人は右損害算定の基準時を現在即ち本件口頭弁論終結時とすべきもののように主張するが、右見解は採用できない。

而して請負工事の瑕疵による損害賠償債権については、原則として当該瑕疵の修補に要する費用の額をもつて損害額と認めるを相当とするのであるが、先ず前示1の瑕疵について言えば、既に判示したとおり、右瑕疵に因つて本件建物の安全性、耐久性に欠けるところはさしてないものと認められるので、この意味において右瑕疵は重要なものとは認め難い。他方、右瑕疵を修補するには、前記の柄のない束を取りはずして新たな木材を使用して柄を施した束を作つたうえ、これを本件建物に取り付けなければならず、そのためには本件建物の屋根をはいで棟木や垂木や母屋も取りはずさなければならず、また屋根を復旧するときは屋根の板金を当然張り替えざるをえず、以上一連の工事に伴つて相当額の材料費、人件費を必要とすることは<証拠>に徴して明らかであり、従つて右瑕疵の修補には右瑕疵の程度との対比において過分と認められる多額の費用が必要であると認められる。従つて控訴人としては、仮に被控訴人に対して前示1の瑕疵の修補請求をしようとしても、民法第六三四条第一項但し書の規定により、これをなし得ない場合にあたるものと認められるので、控訴人が被控訴人に対して右瑕疵に因る損害賠償を請求する場合に右瑕疵の修補に要する費用をもつて直ちに損害額と認めるのは民法の前記条項但し書の法意を没却することになり不当といわなければならない。しかし、控訴人は右瑕疵に因り、少くともそれ相当の精神的な苦痛は受けたものというべきであるし、右の場合に、控訴人に全く損害なしとするのが不当であることは明らかである。それゆえ、かかる場合は、裁判所が諸般の事情を考慮して請負人たる被控訴人の賠償すべき損害額を決定することができるものと解するのが相当である。叙上の見地に立つて前料示の本件諸般の事情に鑑みるときは、前示1の瑕疵に因つて控訴人の被つた損害として被控訴人の賠償すべき金額は金二万円と認めるを相当と思料する。

次に、前示2の瑕疵に因つて控訴人の被つた損害額について案ずるに、前示2の瑕疵を修補するには、本件建物屋根の西側部分をはいで母屋や垂木を取除いたうえ、前記甲、乙、丙の三本の梁をはずして丁梁に適当な切込みを作つたうえで甲梁に代わる別の梁材による梁を丁梁に結合したうえ復旧する方法と、前記丁梁と甲梁との結合点の真下に右丙梁を下から支える柱を取付ける方法とが考えられ、本件建物の安全性確保という観点からは前者の方法も後者の方法もさしたる差異はないものと認められるが、所要の修補費用の点では、前者の方法によるときは前記の束の修補方法として述べた方法と同じような方法によらざるを得ないので、後者の方法によるときよりもその金額がはるかに多くなるものと考えられる。かかる場合、請負人の賠償すべき損害額を算定するには修補費用の少ない方法によつて修補した場合の修補費用を基礎とするのが相当であるから、前記瑕疵に因つて控訴人の被つた損害額を算定するには、後者の方法即ち柱取付けの方法による修補費用を基礎とするのが相当である。尤も前顕の写真及び図面たる証拠によれば右の柱取付けの方法によつて修補した場合は外観その他の点でなお、無形の損害が若干残るものと考えられ、その意味において前記瑕疵の完全な修補とはならないと考えられるから、前記瑕疵に因つて控訴人の被つた損害額を算定するには、右の柱取付の方法による修補費用に右修補後の状況を想定して相当と認められる金額を付加した金額をもつて損害額と認めるのが相当である。ところで<証拠>によれば、控訴人が被控訴人から本件建物の引渡を受けた当時に前記の柱取付けの方法による修補工事(右取付に伴う右柱周辺の建物部分及び造作の手直し工事を含む)をしたとすれば要したであろう費用は、材料費、人件費合わせて数万円位で、多く見積つても一〇万円に達しなかつたものと推認される。<証拠>中、修補費用に関する部分は、右認定と異つた修補工事を前提としているものであるから右認定と牴触するものではない。而して叙上の損害額算定方法に則つて右修補完了後を想定した状況を斟酌して相当額の金員を右修補費用額に付加した趣旨において、前示2の瑕疵に因つて控訴人の被つた損害として被控訴人の賠償すべき金額は、金一〇万円と認めるを相当と思料する。

以上のとおりなので、本件工事に前記1及び2で判示の瑕疵が存したことに因り、控訴人は被控訴人に対し合計金一二万円の損害賠償債権を有するに至つたものということができる。

(三)  抗弁(一)の3について

<証拠>によれば、本件請負契約締結の当初、本件建物には、控訴人主張のとおり大窓四個、小窓二個を取付けることになつていたことが認められるところ、本件工事において実際には本件建物に大窓、小窓各三個宛取付けられたことは当事者間に争いがない。しかし<証拠>によれば、被控訴人は、再抗弁(一)で主張のとおり、本件工事見積り後の施工の段階で控訴人から本件建物には大窓及び小窓各三個宛取付けてくれとの申入れを受け、これに従つて前示のとおり取付けたものと認められる。大窓と小窓の単価に差があるとしても、それによつて、控訴人が被控訴人に対して他の原因によつて該差額相当分の金員の支払を求め得るか否かは格別、少くともそれによつて本件工事に瑕疵があることにはならない。要するに、本件建物の窓の取付けについて本件工事に瑕疵があるとは認められない。

よつて控訴人の抗弁(一)の3の主張は失当である。

(四)  抗弁(一)の4について

<証拠>によれば、前記甲第一号証の見積書に「外部メタルラスモルタル仕上一式四〇坪」と記載されているのは「内外部メタルラスモルタル仕上一式四〇坪」の誤記と認められ、現に被控訴人は本件工事において外壁にモルタル塗を施しているに止まらず、土間、風呂場、釜場、暖炉の下地等にもモルタル塗を施したことが認められるのであつて、被控訴人が本件工事においてモルタル塗をした部分の面積が四〇坪に達しないと認めるに足りる証拠はなく、モルタル塗面積の点で本件工事に瑕疵があるということはできない。

よつて控訴人の抗弁(一)の4の主張は失当である。

(五)  抗弁(一)の5について

<証拠>によると、本件工事においては、本件建物の土間コンクリート工事として5.5坪の面積に坪当り単価二〇〇〇円で計一万一〇〇〇円の工事を見積つていたことが認められるが、本件工事において被控訴人が5.5坪の土間コンクリート工事をしなかつたことについてはこれを認めるに足りる証拠はないので、右土間コンクリート工事の点で本件工事に瑕疵があるということはできない。

よつて控訴人の抗弁(一)の5の主張は、失当である。

(六)  抗弁(一)の6について

<証拠>によれば、本件工事完成後四ケ月位経つた昭和四六年一二月頃本件建物の外壁モルタル塗の箇所に多少の亀裂が生じはじめたことが認められる。しかしながら、<証拠>によれば、本件の如き木造家屋の場合の外壁モルタル塗は通常日時の経過によつて材料の乾燥の有無に拘らず、或る程度亀裂の生ずることは止むを得ないものであること、殊に本件については塗装時が七月の盛夏の頃であつたため特に亀裂が入り易い状況にあつたので、かような亀裂が生じたものであること、右亀裂から建物内部に雨水がしみ込むなどの被害は全く生じていないことが認められ、右認定に反する証拠はない。

そうすると、右の如き程度の亀裂はモルタル塗の場合当然生じうる範囲内のものといわざるをえないから、未だこれをもつて本件工事に瑕疵があるとは言い難い。

よつて控訴人の抗弁(一)の6の主張は失当である。

(七)  抗弁(一)の7について

本件工事によつて本件建物に控訴人主張のベランダが取付けられたことは当事者間に争いがないところ、<証拠>によれば、見積書に「ベランダ抜き」と明記してあるから、被控訴人が本件建物に右ベランダを取付けたことは右見積書記載の本件工事の仕様に反するものであり、<証拠>によると、右のベランダは被控訴人の雇用する大工が当然依頼されているものと勘違いして取りつけたものであることが認められる。しかしながら、右ベランダが存することにより本件建物の美観が損ねられたり、その効用が害されたりすることはなく、むしろ建物の使用価値は増大するものであることは<証拠>によつて認められる右ベランダ施工の仕様自体から明らかであり、而も<証拠>によれば被控訴人は控訴人に対して右ベランダ設置工事費を本件工事代金として請求はしないことにしていることが明らかである。控訴人が本件工事中にその現場に臨み終始工事の状況を見ていたこと前記認定のとおりであるが、一見すれば判明する右ベランダの工事についてその当時控訴人から被控訴人に異義の述べられた形跡は証拠上全くない。以上のとおりとすると、被控訴人の再抗弁(二)(右ベランダの設置後において、被控訴人と控訴人との間に、控訴人は被控訴人に右ベランダの撤去を求めないことにし、被控訴人は控訴人に右ベランダ取付けについての工事代金を請求しないことにする旨の合意の成立)の主張が認められるか否かを問うまでもなく、右ベランダの設置をもつて本件工事の瑕疵とする控訴人の主張は、為にする強弁に近いものというべく、信義則上許されないものといわなければならない。

よつて控訴人の抗弁(一)の7の主張は失当である。

二抗弁(二)について

<証拠>によれば本件工事の見積書には本件工事の経費として金三万八九〇〇円計上されていることが認められるが、たとえかかる事実があるとしても、それによつて控訴人が被控訴人に対して右経費相当額の損害賠償請求権を取得するいわれはない。因みに<証拠>によれば、建物建築の請負契約におけるいわゆる経費とは事務費、交通費、電話代等の雑費に適正利潤を含めて見積られる費目であつて、使途不明の費目でもなければ不要な費目でもないことが認められる。

よつて控訴人の抗弁(二)の主張は、失当である。

三抗弁(三)について

<証拠>には、控訴人の抗弁(三)の主張に添うような供述部分があるけれども、これは<証拠>に照らして措信しがたく、他に控訴人の抗弁(三)の主張を認めるに足りる証拠はない。却つて、<証拠>によれば、本件工事が完成した頃被控訴人は本件工事に関する一切の跡片づけを終えていたことが肯認できる。

よつて控訴人の抗弁(三)の主張は、爾余の判断をなすまでもなく失当である。

四抗弁(四)について

<証拠>によれば、被控訴人は本件旧建物の解体によつて生じた控訴人所有の古材の一部を本件工事現場から搬出したことが認められる。しかしながら、<証拠>によれば、本件旧建物の解体に伴い生じた古材のうち、使用可能のものは前述のとおり本件工事のために利用し、また控訴人が整理保管しており、残余の古材は殆んど使用価値のない廃材のみであつて、これらを他のごみ類と一緒に被控訴人の雇用していた大工が気をきかせて搬出処分したものであつて、このことについて当時控訴人から何らの異議の申出もなかつたことが認められ、右認定に反する<証拠>はたやすく措信することができない。

右のとおりであるから控訴人の抗弁(四)の主張は、爾余の判断をなすまでもなく、失当である。

五抗弁(五)について

控訴人主張の抗弁(五)の事実については当事者間に争いがない。

右事実によれば、控訴人は被控訴人に対して金四九七六円の損害賠償債権を取得したものというべきである。

六控訴人が原審における昭和四八年二月一二日午後一時の本件口頭弁論期日に、被控訴人に対して本件工事の瑕疵に因る損害賠償(但し金額を三九万二六一円と主張)及び前記五判示の不法行為に因る損害賠償請求権をもつて、被控訴人の控訴人に対する本件請負残代金債権を対当額で相殺する旨の意思表示をしたことは本件訴訟内の出来事として、記録上明白である。

ところで、控訴人が前記一の(二)の3判示の本件工事の瑕疵に因る金一二万円の損害賠償債権をもつて、被控訴人の前示金六五万七〇〇〇円の本件請負残代金債権を対当額について相殺しようとする場合、右相殺が許されるか否かは、右双方の債権が民法第六三四条二項の規定により、各その金額において同時履行の関係にあるものと認められる関係上(念のために付言すれば、前判示のとおり控訴人は被控訴人から本件建物の引渡を受けた昭和四六年八月五日の頃、被控訴人に対して前記の本件請負代金を同年九月五日までに支払う旨を約したことは、控訴人の認めるところであり、また、控訴人は右の約束をしたときに前記一の(二)の1、2で認定した本件工事の瑕疵を知つていたものと認められるのであるが、<証拠>によれば、控訴人のした右の約束は、本件建物の引渡を受けたことにより前記の本件請負残代金を被控訴人に支払わなければならないことになつた控訴人が被控訴人に一ケ月の支払猶予を申込み被控訴人がこれを承諾することによつてなされたものと認められるのであつて、控訴人が右のような約束をしたことによつて、被控訴人に対する本件工事の瑕疵担保請求権を放棄したものとは認められず、また被控訴人からの本件請負代金請求に対して、右担保請求権としての前記の損害賠償権をもつてする同時履行の抗弁権を放棄したものとも認められない。なお、控訴人が右のような約束をしたことにより、前記の場合に、右双方の債権が同時履行の関係に在ることになつたのは、昭和四六年九月五日以降であることはいうまでもない。)問題の存するところではあるが、右の場合、相殺を許すべきものとしても、被控訴人としては、控訴人の前記損害賠償債権に対する自己の同時履行の抗弁権を失わされるとはいえ(同時履行の抗弁権の権利としての価値の大小はそれによつて履行拒絶し得る債務の額によつて計かつてよいとすれば、右の場合被控訴人の失わされる同時履行の抗弁権は右相殺によつて控訴人が失う同時履行の抗弁権よりも価値の小さいものということができる。)、右相殺後に残る自己の本件請負残代金債権に対する控訴人の同時履行の抗弁権が必然的に消滅してしまうという利益を受けるものであり、他方、控訴人としては、被控訴人の受ける右の利益の反面をなす不利益を受けるとはいえ、自ら進んで相殺の挙に出たものである以上、右不利益については、これを甘受すべきものといつても不当ではないから、控訴人が前記の損害賠償債権を自働債権として相殺をすることは許されるものというべきである。

なお、控訴人が前示相殺の意思表示をいつしたかは、前段の説示からも窺われ、後にも判示するとおり、前示相殺の後に残余することになる控訴人の本件請負代金残債務につき、控訴人がいつ遅滞に陥つたかに関わる事実であるが、控訴人が当審における昭和五〇年一〇月一日午後一時の本件口頭弁論期日において、原審でなした前記相殺の意思表示を撤回し、改めて、その主張のとおりの相殺の意思表示をする旨述べたことは、本件訴訟の経過上明らかである。相殺の意思表示は、実体法上は自由に撤回することは許されないが、訴訟における攻撃、防禦方法としての相殺の抗弁はこれを自由に撤回できることはいうまでもない。しかし控訴人のした前記の相殺の意思表示撤回の陳述は、一見したところ控訴人が攻撃防禦法としての相殺の抗弁を撤回したものの如くに見えるが、しかし控訴人は前記撤回の陳述と同時に直ちに前叙のとおりに相殺の抗弁を提出したものであり、これによれば控訴人が当審でした右相殺の抗弁の提出は、前記撤回の撤回と控訴人がその主張の損害賠償債権のうち、原審でした前記相殺の抗弁において自働債権としなかつた部分を自働債権とする追加的な相殺の抗弁の提出とからなる行為であつたと解するのが相当であり、従つて控訴人が原審でした前記相殺の意思表示の撤回は結局なかつたものと認めるのが相当である。

以上のとおりとすると、控訴人のなした前記相殺の意思表示により、被控訴人の控訴人に対する金六五万七〇〇〇円の本件請負残代金債権は、前記一の(二)の3判示の損害賠償債権及び前記五判示の損害賠償債権の合計金一二万四九七円六円の限度において、右各債権が相殺適状に達した日と認められる昭和四六年九月五日に遡つて消滅したものといわなければならない。

七前記一の(二)の3判示の控訴人の損害賠償債権と被控訴人の本件請負残代金債権とは右各債権の金額につき同時履行の関係にあつたことは前述のとおりであるから、控訴人は控訴人が前記六冒頭判示のとおり、原審における昭和四八年二月一二日午後一時の本件口頭弁論期日に右両債権を対当額で相殺する旨の意思表示をしたことにより、控訴人の右損害賠償債権が消滅したときまでは、本件請負代金債務の金額について、未だ履行遅滞には陥つてはいなかつたものというべきである。

第三以上のとおりであるから、控訴人がした第二の六冒頭判示の相殺の意思表示による相殺の結果として、被控訴人の本件請負代金債権残額が、五三万二〇二四円となつたものであることは計数上明らかであり、控訴人はその支払債務につき、右相殺の意思表示のなされた日の翌日である昭和四八年二月一三日から履行遅滞に陥つたものと認められる。

第四従つて被控訴人の控訴人に対する本訴請求は、右金五三万二〇二四円及びこれに対する昭和四八年二月一三日から右完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅滞損害金の支払いを求める限度において理由があるので、これを正当として認容すべく、その余は失当として棄却すべきである。

よつて原判決は当裁判所の右判断と一部は符合し相当であるが、一部は符合せず不当であり、右符合する限度において本件控訴は民事訴訟法第三八四条第一項によつてこれを棄却すべく、右符合しない限度において同法第三八六条によつてこれを取消したうえ、これにかかる被控訴人の請求を棄却すべきところ、右控訴一部棄却と原判決の一部取消とを同時に行なう趣旨において原判決を主文第一項を本判決主文第一項(一)(二)のとおり変更し、訴訟費用の負担については同法第九六条、第九二条本文を適用する。なお、原判決主文第四項の仮執行宣言は、原判決主文第一項中、本判決によつて維持された部分にあたる、本判決主文第一項(一)についての限度でなお有効に存続するものであることはいうまでもない。

よつて主文のとおり判決する。

(宮崎富哉 長西英三 山崎末記)

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